もうまんたい@統合失調症チラ裏ブログ

統合失調症寛解済み?考えてる事を書くブログ。

世間との認知面での圧倒的なズレ→統合失調症

そもそもの問題として認知面に問題ある気がしてきた。


なかなか上手く説明できないけど、

何とかかんとか言うと、


物事に対する認識が他人(主に健常者)とズレがある。
気がする。



もっと端的に言うと、

何かあった時に、私が感じている考えや感情は他人に共感してもらえるのか??

って事なのですが。


答えは、

共感してもらえない。
私が思ってる事を他人にその感情をぶつけても、
共感はしてもらえない。

何故ならズレてるから。



何でズレてるかはわからない。

病気だからか、その他の原因なのかもわからない。



でも、病的な側面で世間を見つめているのだとしたら、

確かに私の認知面は恐ろしくズレており、寧ろ異端であり、共感なんて欠片もしてもらえない。

病的な考えに共感してくれるのは、同じ病気の人だけだ。


それに今日気づいて、

当たり前のことかも知れないけど、


凄く悲しくなった。


マトモになりたいな。

関係妄想の沼→統合失調症

何でもかんでも関連づける。

紐付ける。

自分に。

紐づけてしまう。



何の事だろ?

妄想の話だ。

関係妄想ってやつだ。


よく言われるのはテレビと自分を関連付けるってやつ。


あったあった、入院してない時は無かったのに、入院中突如として発露した。

芸人さんとかタレントとかが一般的な事を話しながら自分のことを暗喩しているか皮肉ってるように感じた。


酷い時は、フロアの入院者の席順から何か自分に関連したものを読み取ろうとしてた(何じゃそら)



そんな風にこまったさんに成り果ててしまう関係妄想。



こんな風に分かりやすい形なら、自分としても警戒しやすいのだけど、そうでない時が圧倒的に多い。


例えば。

あの人が怒ってるのは自分のあの言動が原因なのか。

あの人が不快そうなのは自分のあの言動が原因なのか。

あの人が喜んでるのは自分のあの言動が原因なのか。


"誰かの行動が自分の何か(内面的な事含む)が原因で起こりえたのだろうか"


と無意識に考えてる節がある。


というか、そうなんだと思う。


何という自意識過剰。

何という自己中心的。

何という手前勝手。


何せ、それで気分が上がったり下がったりするのだから、手に負えない。


ええ、自分でもウンザリですよウンザリ。


Twitterとかでも、たまにそんな人見かける。

可哀想だなって思う。
誰か病院連れて行って欲しいって思う。


この関係妄想の沼はハマりたくてハマってる訳でなく、ほんとにスッと思考に入り込んでるから怖い。

マジで。


気をつけないと。

恐ろしい恐ろしい。会話が恐ろしい。→統合失調症

題字の通り、会話が恐ろしいのである。


正確に言うと、
誰かが会話している。
しかしその声は自分には聞こえない、
ぐらいの距離感の第三者同士の会話が恐ろしいのである。


何故か。



そんなの自明ある。そして明白である。


自分の事を言っているのではないか。

自分の事を悪く言っているのではないか。
と思うからである。

これは性格上というか、病的なもので、


自分としては治したいとこの一つなのだが。

部屋を出る時とか、他の部屋の会話とか、廊下の向こうの他人の会話とか、

全部自分のことを話しているのか。
悪口を言っているのか。
そんな風に捉えてしまう。
いや、捉えてしまいそうになる。

悪口言ってんのかな〜って、思うだけならまだ可愛いが、


時として、

悪口を言っている、
笑っている、
と断定してしまう事さえある。

それが積み重なると、自分が周りによって貶められる気がしてきて、いつの間にかそれは確信となり、
やがて爆発する。
それは狂気の発露である。


それが恐ろしい。


これは病状の悪化の促進、もしくは悪化そのものと言わざるを得ない。


恐ろしい。恐ろしい。


他人の会話が恐ろしい。


そうやって、日々をビクビクしながら過ごす事の恐ろしさは健常者には分かるまい。



もう2度と狂いたくないのに、
狂気の種はそこここに散らばっている。



会話が怖い。
他人の会話が恐ろしい。

病気との付き合い方→統合失調症

上手く言えないけど、だんだん病気との付き合い方が分かってきた気がする。

具体的にはこうだ。


まず問題点を出した上で、

⑴自分の性格特性を理解する。

⑵その性格は病気と関係あるのか考える。

⑶病気と性格の関連性を考える。

⑷病気と性格を分けて考える。

病気と性格の境目は、医者だってよく分かんないんだろうけど(多分)、
逆に言うと、自分だからこそ、分かる部分でもある訳で。

自分だからこそ、自分の病気的な面と、病気でない、性格の部分を見極められる!
気がしました。

そんな仮定の元、ひねり出した結論が上なんですけど、

具体的に自分に照らし合わせて考えてみると、

問題点→スグに傷つき、悲観的になり、批判的になる。また、他人の評価を、気にして、オドオドする。
そして、評価が下がったと感じると、被害妄想的な考えに陥り、それが原因で落ち込み、更に被害妄想的な考えに…という∞ループに陥る。それが妄想に繋がると思われる。、

⑴自分の性格特性を理解する。
気にしい。周りを気にして、自分の評価を気にする。承認欲求あり。

⑵その性格は病気と関係あるのか考える。
無関係ではない。

⑶病気と性格の関連性を考える。
昔は気にしいでは無かった。
むしろ周りには無頓着であった。
周りと上手くゆかなくなり、また幻聴が聞こえるようになってから、周りを気にするようになった。
(逆かな?環境の変化から、周りを気にするようになり、幻聴が聞こえるようになり、それで更に気にしいが加速していった。その過程で、人とは上手く行かなくなった。)
特に幻聴に絶えず批判されてから、周りからの評価も気にしてしまうようになった。


⑷病気と性格を分けて考える。
性格:傷つきやすいところ。気にしい。

病気:周りを気にするあまり、被害妄想的になる所。
他人の評価を、気にするところ。→被害妄想抱く程に気にするのなら、病気と思っていいかも?でこっちにカテゴライズ。

つまり、この結果から読み取れるのは、

ベースになる性格に、病気が乗っかっているという事。

かつて私は、自分の思ってる事は全部妄想なんだと思って、自分の意見を押し殺して、自分を否定して生きていました。

でもそんなの病みが深くなるだけなんですな。

だから、この性格と病気を、分ける考え方は、結構自分にとっては重要かつ、必須なんです。


また病気の奴が独自理論引っさげてドヤ顔してると思われそうだけど、

まぁ、仕方ないかな。

でわこの辺で、、、

恐怖で胸きゅんでどきどきな妄想。

胸がどきどきする。

自分の全てが他人に知られているのではないか。
その恐怖感で。




なんでこんな事思うんだろって考えたとき、
ふと極めて単純かつ下らない原因に思い至る。


〇職場の休憩所でブログ書いて更新したからだ。〇


なんでこんなのが理由として挙がるのか、疑問に思う人もいるだろう。


よろしい、
オーケー(*´∀`)ノオーケー(*´∀`)ノ。


まずは落ち着こう。
自分。


考えを整理するのだ。

ブログを休憩所で書く。(事実)

画面を他人に見られる。(仮定)

病気な一面がバレる。(仮定)

私の全てが知られたような気分になる。
他人の笑い声は全て私を嘲笑しているのだ。
(考えすぎ)

おおぅ、なんてことだ。
私の全てのネガティヴ思考は(仮定)を根拠に行われているではないか。

なんてことだ。
死にたい。
気恥ずかしさで死にたい。



馬鹿なこと考えてんなぁ、自分。。。


日々そんなんだったら疲れるわ。

実際疲れるのですが。

生命保険未加入でしかいられない我々→統合失調症

生命保険に入れなかった。

何故なんだ?
嘘だと言ってよバーニィ

いや理由はわかっている。
言わなくていい。

知ってる。
言わなくても知ってる。(電波的な意味ではない)

病気だろ?持病があるからだろ?

そうやって、子羊のように敏感で繊細な私の心を踏みにじるのですね。


病気があるからってドイヒーじゃないですか。

三大疾病恐ろしいですよ。
がんとか、心筋梗塞とか、脳卒中になったらどうするつもりなんですか。

やはり自己防衛するしかないのですか。

高血圧か?
高血圧なんだな?

高血圧即ちサイレントキラー。

高血圧で血管に圧力がかかり続けると、血管に弾力がなくなり、硬くなり、動脈硬化に。
更にコレステロールなどの結石ができて、それが血管を詰まらせる。
その場所が心臓なら心筋梗塞
脳なら脳梗塞
脳出血だって、高血圧がリスクの一つだ。


即ち、三大疾病恐ろしいではなく、高血圧恐ろしい、ですよ( °Д°)

保険に入れないのであれば、血圧が高くならないように、まだ若いうちから気を付けなければっ

あれ、話変わってる?

まぁいいや。



追記
あ、がんどーしよ。
がーーーん(´-ι_-`)

自分から見下されにいく心理

ふと思ったのだか、私は見下されるのが嫌いだ。

でも、よく見下されてると思う。

それを考えると中々イライラするのだが、それは脱線するので置いといて。


何故見下されるのだろう。
服とか、顔とか、頭のできとか、仕事の事とか。
思いつくのはこんなん。
でも、本質は全然違うところにあると思う。
即ち、自分から下にいっているのだと。

それはこう説明できる。

自分に自信が無い。
なので、予防線を張って、自らを他より下に置く。
それを繰り返す。

ほら、見下されるというか、
自分から積極的に他人の下にいっている。
勿論、これは処世術の一つであった。
しかしわざとやっているうちに、無意識に、やるようになってしまっているのだ。

一言で言うと、

自分を守るため、自分を下に見られるように発言·行動するも、段々それにイラつきはじめている。

しかし、その私についたイメージは定着しており拭いようがない。。。

それが1番イラつくとこだ。

なんてこった!
しかし、ショックだったのは、
見下されるのが嫌と思ってたのに、実は自分から下にいってたなんて。。。

全て自分が原因だったのでした。

残念!!!