もうまんたい@統合失調症チラ裏ブログ

統合失調症寛解済み?考えてる事を書くブログ。

恐ろしい恐ろしい。会話が恐ろしい。→統合失調症

題字の通り、会話が恐ろしいのである。


正確に言うと、
誰かが会話している。
しかしその声は自分には聞こえない、
ぐらいの距離感の第三者同士の会話が恐ろしいのである。


何故か。



そんなの自明ある。そして明白である。


自分の事を言っているのではないか。

自分の事を悪く言っているのではないか。
と思うからである。

これは性格上というか、病的なもので、


自分としては治したいとこの一つなのだが。

部屋を出る時とか、他の部屋の会話とか、廊下の向こうの他人の会話とか、

全部自分のことを話しているのか。
悪口を言っているのか。
そんな風に捉えてしまう。
いや、捉えてしまいそうになる。

悪口言ってんのかな〜って、思うだけならまだ可愛いが、


時として、

悪口を言っている、
笑っている、
と断定してしまう事さえある。

それが積み重なると、自分が周りによって貶められる気がしてきて、いつの間にかそれは確信となり、
やがて爆発する。
それは狂気の発露である。


それが恐ろしい。


これは病状の悪化の促進、もしくは悪化そのものと言わざるを得ない。


恐ろしい。恐ろしい。


他人の会話が恐ろしい。


そうやって、日々をビクビクしながら過ごす事の恐ろしさは健常者には分かるまい。



もう2度と狂いたくないのに、
狂気の種はそこここに散らばっている。



会話が怖い。
他人の会話が恐ろしい。

病気との付き合い方→統合失調症

上手く言えないけど、だんだん病気との付き合い方が分かってきた気がする。

具体的にはこうだ。


まず問題点を出した上で、

⑴自分の性格特性を理解する。

⑵その性格は病気と関係あるのか考える。

⑶病気と性格の関連性を考える。

⑷病気と性格を分けて考える。

病気と性格の境目は、医者だってよく分かんないんだろうけど(多分)、
逆に言うと、自分だからこそ、分かる部分でもある訳で。

自分だからこそ、自分の病気的な面と、病気でない、性格の部分を見極められる!
気がしました。

そんな仮定の元、ひねり出した結論が上なんですけど、

具体的に自分に照らし合わせて考えてみると、

問題点→スグに傷つき、悲観的になり、批判的になる。また、他人の評価を、気にして、オドオドする。
そして、評価が下がったと感じると、被害妄想的な考えに陥り、それが原因で落ち込み、更に被害妄想的な考えに…という∞ループに陥る。それが妄想に繋がると思われる。、

⑴自分の性格特性を理解する。
気にしい。周りを気にして、自分の評価を気にする。承認欲求あり。

⑵その性格は病気と関係あるのか考える。
無関係ではない。

⑶病気と性格の関連性を考える。
昔は気にしいでは無かった。
むしろ周りには無頓着であった。
周りと上手くゆかなくなり、また幻聴が聞こえるようになってから、周りを気にするようになった。
(逆かな?環境の変化から、周りを気にするようになり、幻聴が聞こえるようになり、それで更に気にしいが加速していった。その過程で、人とは上手く行かなくなった。)
特に幻聴に絶えず批判されてから、周りからの評価も気にしてしまうようになった。


⑷病気と性格を分けて考える。
性格:傷つきやすいところ。気にしい。

病気:周りを気にするあまり、被害妄想的になる所。
他人の評価を、気にするところ。→被害妄想抱く程に気にするのなら、病気と思っていいかも?でこっちにカテゴライズ。

つまり、この結果から読み取れるのは、

ベースになる性格に、病気が乗っかっているという事。

かつて私は、自分の思ってる事は全部妄想なんだと思って、自分の意見を押し殺して、自分を否定して生きていました。

でもそんなの病みが深くなるだけなんですな。

だから、この性格と病気を、分ける考え方は、結構自分にとっては重要かつ、必須なんです。


また病気の奴が独自理論引っさげてドヤ顔してると思われそうだけど、

まぁ、仕方ないかな。

でわこの辺で、、、

恐怖で胸きゅんでどきどきな妄想。

胸がどきどきする。

自分の全てが他人に知られているのではないか。
その恐怖感で。




なんでこんな事思うんだろって考えたとき、
ふと極めて単純かつ下らない原因に思い至る。


〇職場の休憩所でブログ書いて更新したからだ。〇


なんでこんなのが理由として挙がるのか、疑問に思う人もいるだろう。


よろしい、
オーケー(*´∀`)ノオーケー(*´∀`)ノ。


まずは落ち着こう。
自分。


考えを整理するのだ。

ブログを休憩所で書く。(事実)

画面を他人に見られる。(仮定)

病気な一面がバレる。(仮定)

私の全てが知られたような気分になる。
他人の笑い声は全て私を嘲笑しているのだ。
(考えすぎ)

おおぅ、なんてことだ。
私の全てのネガティヴ思考は(仮定)を根拠に行われているではないか。

なんてことだ。
死にたい。
気恥ずかしさで死にたい。



馬鹿なこと考えてんなぁ、自分。。。


日々そんなんだったら疲れるわ。

実際疲れるのですが。

生命保険未加入でしかいられない我々→統合失調症

生命保険に入れなかった。

何故なんだ?
嘘だと言ってよバーニィ

いや理由はわかっている。
言わなくていい。

知ってる。
言わなくても知ってる。(電波的な意味ではない)

病気だろ?持病があるからだろ?

そうやって、子羊のように敏感で繊細な私の心を踏みにじるのですね。


病気があるからってドイヒーじゃないですか。

三大疾病恐ろしいですよ。
がんとか、心筋梗塞とか、脳卒中になったらどうするつもりなんですか。

やはり自己防衛するしかないのですか。

高血圧か?
高血圧なんだな?

高血圧即ちサイレントキラー。

高血圧で血管に圧力がかかり続けると、血管に弾力がなくなり、硬くなり、動脈硬化に。
更にコレステロールなどの結石ができて、それが血管を詰まらせる。
その場所が心臓なら心筋梗塞
脳なら脳梗塞
脳出血だって、高血圧がリスクの一つだ。


即ち、三大疾病恐ろしいではなく、高血圧恐ろしい、ですよ( °Д°)

保険に入れないのであれば、血圧が高くならないように、まだ若いうちから気を付けなければっ

あれ、話変わってる?

まぁいいや。



追記
あ、がんどーしよ。
がーーーん(´-ι_-`)

自分から見下されにいく心理

ふと思ったのだか、私は見下されるのが嫌いだ。

でも、よく見下されてると思う。

それを考えると中々イライラするのだが、それは脱線するので置いといて。


何故見下されるのだろう。
服とか、顔とか、頭のできとか、仕事の事とか。
思いつくのはこんなん。
でも、本質は全然違うところにあると思う。
即ち、自分から下にいっているのだと。

それはこう説明できる。

自分に自信が無い。
なので、予防線を張って、自らを他より下に置く。
それを繰り返す。

ほら、見下されるというか、
自分から積極的に他人の下にいっている。
勿論、これは処世術の一つであった。
しかしわざとやっているうちに、無意識に、やるようになってしまっているのだ。

一言で言うと、

自分を守るため、自分を下に見られるように発言·行動するも、段々それにイラつきはじめている。

しかし、その私についたイメージは定着しており拭いようがない。。。

それが1番イラつくとこだ。

なんてこった!
しかし、ショックだったのは、
見下されるのが嫌と思ってたのに、実は自分から下にいってたなんて。。。

全て自分が原因だったのでした。

残念!!!

健常者と何が違うの。。。【統合失調症】

私たちとあの人たちを分けるところとは、いったい何なのか

健常者でも、頭オカシイだろ、って思う人幾らでもいます。


なのに、そんな人は病院には入れられなくて、私たちだけが病院に入れられていいる。
その差って、何なの。って。

まぁ、半分愚痴みたいなものデスケド

家族からは、

そりゃあ、自覚がない障碍者の意見だ。

と言われました。


確かに、そうです。
自分が周り(健常者)と違うと自覚がないから、そう思うのです。

ホントにおかしい人は自分がおかしいなんて思わないんです。
何かで読みました。


こんな感情は、僻みみたいなもので、多分一生消えないと思います。


でも、私が言いたいのはそんな事じゃないのです。

私達は、キチガイ扱いされて病院入れられたり、病気であるとカミングアウトすると変な偏見に晒されたりします。

でも、1人の人間です。
私達だって、人間です。

感情があるし、理不尽な扱いには立腹するし、嫌なこと言われたら、怒ります。

障害者だからって、何言ってもいい、頭おかしいんだから、みたいな意見はなんか納得いかないのです。

頭おかしい奴は入院して是正して、是正されなければそのまま、
是正すれば社会へ受け入れられる。

このシステムが、なんか屈辱的なのです。

これって、要は、人間以下。
まともな人間ではないという、証明みたいなものじゃないですか。

だから、入院中は、私は社会から受け入れられていない、
社会的な営みが出来ない不能者だと扱われていると感じ、凄く不快でした。

退院することは嬉しかったですが、

傷みたいなもので、精神病院にかかり、入院していたという事実は何ら変わりなく、したがって、私が人間以下の扱いを受けたという事実はまったく色褪せません。

これから、私がどんな人生を歩んだとしても、ずっとその事実は消えません。

これは、もうトラウマみたいな感じで、ずっと人生の汚点として残るのです。

そう感じると、叫び出したくなるぐらい
嫌で、嫌で、嫌で。

私と貴方達と、何が違うのでしょう。

何がおかしくて、私は入院させられたのでしょう。

いいえ、ホントはわかってるのです。


私は、やっぱり頭おかしかったのです。

そのままでは社会的な営みができないと判断される程、駄目な人間だったのです。

只、それだけなのです。


何が違うって?

全然違うよ。
みんな、何にも、特別なんにも考えなくても、普通の人生歩めてるじゃないか。
私なんか、普通をよくよく考えて、普通の人ならどんな事をするのかとか、考えてそれで、なんとか普通に寄せようとして生きてるのに。

全然違う。
私が努力してる事は、皆の普通なのだ。
だから、私はダメなのだ。


これって健常者に対する完全なる僻みだよな。。。


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統合失調症者は自意識過剰?【統合失調症】

何でかは分からないが、 周りが気になる。

正確には、周りからみた自分像 というものを気にしている。 それも過度に。

これが幻聴や妄想に繋がるのではないかと思った。

根拠としては、

先日、周りが気になる事で、妄想や幻聴の知覚に繋がるのではないかと思いついた。

つまり、自意識過剰が症状に繋がってるのでは?と。

私の幻聴は、私のやる事に対して評価をする、というものだった。

いい、悪い、すごい、キモイ。可愛い、キモイ。 これが進行していって、もっと長い文章で私を詰っていったのだけれど、今は、それはさて置いておく。

問題は、なんでそんな風に聞こえるのか。

幻聴は、他人が言っているように聞こえるけれど、ホントは自分が考えてる事。

つまり、自分で自分を詰っている、褒めている。

要は心の声=幻聴

なんでこんな思考に至るのか?

他人に言われたい事や言われたく無いことを無意識に考えるから

つまり、周りを気にしているから。 周りからみた自分を過度に気にしているから。

かなぁ。

何かしてて、これって、周りからみたらキモイのかなぁと思えば"キモイ"。 周りからみてて凄いのかなぁと思えば"スゴイ"。

と、言うふうに思う事で、 心の声=幻聴が聞こえる、

という風になってしまうのではないかと。

だから、幻聴を聞こえないようにするには、

周りからみた自分を意識しないこと

要は

自意識過剰を辞めてみよう、

って事にあるのかなと。

考えてみれば、昔から自意識過剰だった。

オドオドしてた。

だから、堂々と、周りを気にせずに、自分の意見を言ってみる訓練からしてみて、

今はマシだと思う。

まぁ、自分が統合失調症っていう事実は変わらないけど、現状、ちょっとでも良くなれば、と。

そんな感じでした。

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